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斎藤いくま 政策リーフ

2017年1月12日木曜日

外注化阻止ニュース 第296号

http://www.doro-chiba.org/ga/gaityuuka296.pdf


幕張車両センター
外注化の手先=川又
国鉄労働者と家族の血と涙で染まった人物

 幕張車両センターへ昨年12月、JR東労組の役員を歴任してきた革マル・川又吉正がエルダー社員として送り込まれてきました。

裏切りの先頭に立った川又

 川又は、1986年に動労本部青年部書記長に就任し、JR総連の初代本部青年部長となった人物です。その後、〝千葉対策〟で会社と結託して東京から千葉に異例の転勤。千葉でも地本の専従副委員長などに就任しています。
 国鉄改革法により1986年、国鉄職員のうちJR採用は3分の2、つまり〈3人に1人のクビ〉が宣告されました。労働者の間に持ち込まれた差別・選別の苦しみの中で200人もの国鉄労働者が自殺に追い込まれました。
 この時、真っ先に「労使共同宣言」を結び、民営化と10万人首切りに合意したのが旧動労=現在の東労組(JR総連)でした。日本の労働組合の歴史の中で最も卑劣な裏切りです。彼らは年配者を退職に追い込むため、「後進に道を譲れ」とロッカーに泥水を入れるなどの嫌がらせを繰り返しました。
 その渦中で本部青年部書記長に就任したのが川又なのです。川又の手は国鉄労働者と家族の血と涙で染まっています。
 動労千葉は、国鉄分割・民営化に対して2波のストライキで闘いました。いま幕張で働く動労千葉の組合員の多くは、当時、人材活用センターや売店・無人駅などに配転され、それでも屈せずに闘い続けて検修職場に戻った労働者です。運転士の資格を持ちながら不当な差別で今も本線運転のハンドルを奪われたままの組合員も大勢います。
 会社と結託して首切りに協力し、こうした状況をつくったのが東労組です。幕張車両センターに川又が来ることは絶対に許されません。

外注化協定を結んだ東労組

 さらに東労組はJRになって2000年に会社と外注化協定を結びました。しかも当初、会社と東労組が結んだ協定は、外注化推進を認めた組合に所属する者だけ60歳以降も雇用継続するという卑劣なものでした。
 この結果、外注化に反対する動労千葉は、33人の退職者が再雇用を拒否されました。実際、幕張車両センターでは東労組の裏切りから12年後、2012年まで外注化に手をつけることができない力関係を維持し、今なお闘い続けています。幕張において動労千葉の破壊を狙う川又は絶対に許せません。

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